2011年4月16日土曜日

明日虫


あしたむし
明日があるさ。
虫はそう言って、ぴょんとひと跳ねすると
なぜか、もう一言
何となく気弱そうな声で付け加えた。
たぶん………。
そして今度は
なぜか、照れくさそうに
ニコッと笑って、もう一度
明日があるさ、と言いながら
ぴょんぴょんぴょんと跳ねて行った。

誰だって、夕焼けを見て悲しくなるときがある。
誰だって、夕焼けを見て嬉しくなるときがある。
誰だって、夕焼けを見て慰められるときがある。
誰だって、夕焼けを見て歌いたくなるときがある。
もちろん、何にも思わないときだってある。
でも、だからといって
夕焼けは別に君をせめたりはしない。
でも、どちらかといえば
楽しいことがあったとき
美しい夕焼けが見えたら嬉しい。
悲しいことがあったとき
美しい夕焼けが見えたら嬉しい。
だって僕らは人間だもの。
だって僕らには過去があるもの。
話しかけるための言葉や、怪我をしたら痛む体や
歌や、絵や、指や、眼や
時には優しく撫でてもらいたい頭や
なんやかんやを抱えて、それでも生きていくわけだもの……
だから、せめて夕焼けには
それとは無関係に綺麗であってほしい。
などと、夕焼けを見ながら思ったりしている僕の前を
一匹の虫が
明日があるさ、と言ってひと跳ねしたあと、
たぶん、とつぶやき
そしてまた、明日があるさ、と言い残して
ぴょんぴょんぴょんと跳ねて行った。

きっと明日は、いい日だ。 

谷口江里也、海藤春樹『虫たちの午後』より