2009年11月19日木曜日

ジャック・カロ  Jacques Callot



1592年にナンシーで生れた
ジャック・カロ(Jacques Callot 1592〜1635)は
後期ルネサンス
あるいはバロックと呼ばれる時代に
版画という表現の多様な可能性を
たった一人でほとんど展開し尽くしたような
不思議な表現者だ。
表現手段としては
エッチングによる銅版画という手法を用いたが
なにしろ表現対象がきわめて広く
表現スタイルも多様なので
後のプリントアートの表現者は
誰もが彼が開拓した表現の大地(フィールド)
の恵みを受けているようにさえ見える。
ゴヤもレンブラントも
そしてグランヴィルやドレも
カロの自在性に
大きな影響を受けたように思われるが
若くしてイタリアに渡り、メディチ家の
お抱え版画職人のような仕事をしたカロが描いたものには
フィレンツェの王家の結婚式のパレードや祝祭の
まるで記念写真集のような版画集もあれば
両替で名を成したメディチ家にとって重要な
当時のコインの精巧な見本帳
いかにもバロック的な
大道芸人たちの姿を描いたものもあれば
修道院の修業に用いたと思われる
問答集のための謎かけ絵本のようなものまである。
カロはそれらに対して
そのつどテーマにふさわしい作風を展開したが
やがて独自の視点から
今日のドキュメンタリーの草分けともいうべき手法による
「戦争の惨禍」なども描くようにもなる。
そんなカロの足跡をながめていると
オリジナリティというものはもともと
いわゆる「自分探し」というような
個の迷路に入り込むことによってではなく
与えられた仕事を一つ一つ職人的にこなすうちに
自ずと育まれていくもののように見える。
それというのも
思いもよらない仕事は
自分自身では思いつかない工夫や表現を要求し
それが表現者の技や方法や潜在力の発見や
新たな世界や視点の獲得につながるからだ。
もちろんそれは彼が
あくまでそれをチャンスと捉え
自分の中で消化する構えやその先への展望を
自覚的に持てばの話だが……。

自分の肉体とはちがう
野菜や魚や肉を食べながら
それを自分の体やそれを動かす力へと
変換することができる生命の不思議。
たとえ同じものを見ても
それぞれが違う彼方に想いをはせる
人間の不思議。