日本は今
いくつもの構造的病理にむしばなれながら
自らが致命的な状態にあることすら
ちゃんと認識できないように見える。
少なくとも、権力を行使できる立場にある
多くの政治家や官僚や経済人たちにおいては……。
・
構造的病理とは、例えば
江戸時代、あるいは平安の昔から
途絶えることなく維持され続けてきた官僚制度。
・
例えば
革命という根源的な刷新を経ることなく
まるで接ぎ木をするかのように
封建制の上に
無前提に取り入れられてしまった
西洋の発明である近代
そうしてつくりだされた奇妙な産業国家社会。
・
例えば
所有という概念の本質をつきつめることなく
幕府的な権力構造と
近代的な中央集権のシステムとを混同させるなかで
官僚組織と財閥機構
そして藩主を含む旧制度の長たちによって
山分けでもするかのように占有されてしまった
重要な土地。
廃藩置県や農地解放という
一時の思いつき的な衝動とお題目によって
細切れに分断され
無数の個人のものとなってしまった国土。
それによって無力化されてしまった
公共意識と美意識。
・
例えば
過去と未来
すなわち歴史とヴィジョンを見つめる事を
なぜか面倒な無駄と感じてしまう
刹那的な現実感覚と
不思議な運命観、死生観がもたらす怠慢。
・
例えば
おそらくは、漢字を飲み込んだ頃から始まった
意味と感覚とリアリティとを無定見に混同し
情緒的、あるいは構造的な曖昧さと
刻々と移り変わる季節のなかで
また来る春を待つかのように
なぜか好んで思考停止してしまう因習。
・
例えば
そうではない見方があるのだということを示すのが
アートという行為の存在理由だとすれば
アートそのものを
快楽や道楽におとしめてしまいがちな
優れたものや開かれたもの
そして異質なものに対する嫌悪。
それでいてほんの少し新しいことをよしとする
不思議な身体感覚。
・
それに乗じて
アートであれ何であれ
大衆が本当に新しい事を見つけ
それに魅力を感じてしまうことをおそれる
既得権益保持者の暗黙の巧妙な圧力によって
なかば習慣化してしまった変化への構造的諦念。
・
例えば
季節と共に衣を取り換えるように
あるいは汚れた障子を張り替えるように
旬の食べものの目新しさで
過ぎたことを忘れさせようとするかのように
見飽きた顔を取り換えさえすれば
何かを変えたとして済ませてきた治世者と
なんとなくそれを呑み込んできてしまった
この国の民の妙に寛容なメンタリティ。
などなど
・
もちろんそれらのすべてに
功罪ともいうべき二面性がなくはない。
それによって培われてきた
文化的な独自性のようなものもなくはない。
あるいは何事もないときには、そこには
ぬるま湯に浸かるような快適さがなくはない。
しかし
ひとたび危機的な何かが起きたときには
それらのすべてがからまりあって
ネガティヴスパイラルが極限にまで進行する。
第二次大戦であれ
国策としての原発であれ。
・
それでなくとも
平時においても静かにこの国をむしばみ続ける
税金を投入して構築したはずインフラの
独占企業へ委譲と
それと同時に複合的に構築された
膨大な既得権益。
それらに象徴される複雑怪奇な仕組み。
・
水と光と風と
それが培った緑と土のうえの
奇跡の生態系が無数の命を育む奇跡の星の
その豊かさと美しさの
エッセンスのような場所のうえにできた
日本という国の慢性化した病理。
一体全体そのどこに風穴を開ければ良いのか。
あるいは開けうるのか。
どこから手を付ければ
そうではない明日と社会の形が見えるるのか。
・
八百万の神々に象徴される文化的土壌を
どこかに持つにもかかわらず
和魂洋才の詭弁のもとに
一神教的な文化文明がつくり出した
国民国家や民主主義という方便を無前提に取り入れ
それを素直に信奉するかに見えながら
その実、素知らぬ顔でそれすら無視する
不見識極まるマルチスタンダード
というより、経済の名のもとに
人の心と自然と希望を使い捨ててきた不実。
・
この国は今
自らを育ててくれた
類いまれな自然とその奇跡的な条件の
その一つ一つの貴重さを噛みしめながら
これまでどこも生み出しえなかった
少なくとも
過酷な一神教の国々が決してつくりえない
人間と自然とが一体となった
豊かさと美しさを持つ社会を
それを体現するためのヴィジョンとシステムを
創りだすべき時にある。
そうしなければ、豊饒な富を
浪費しつくして死を待つ放蕩息子のように
失ってしまった過去を悔いながら
消滅しかねない瀬戸際に立たされている。
・
地震は無くせないが
すくなくとも原発は無くせる。
そう決断することによって
自ずと見えてくる
豊かさと美しさのかたちがある。