2011年7月1日金曜日

鯨に乗る虫

鯨に乗る虫

虫がやって来ると、鯨は、
とても、とても、幸せな気分になった。
それがどうしてなのかは、わからない。
虫がいなくなると、鯨は、
とても、とても、悲しい気分になった。
それがどうしてなのかは、わからない。

だから鯨は、虫が来て、
虫が自分の頭に乗ったことがわかると、
とても、とても、嬉しくなった。
だから鯨は、虫がいなくなって、
自分の頭に虫の体重が感じられなくなると、
とても、とても、寂しくなった。

だから鯨には、虫のことが、
ほんとうに、ほんとうに、頼もしかった。
だから鯨には、虫の重さが、
ほんとうに、ほんとうに、確かだった。

鯨は、虫が頭に乗っているときには、
どんな荒海だって、平気だった。
鯨は、虫が頭に乗っているときには、
どんな冷たい海だって、平気だった。

虫が来ると、鯨は、
とても、とても、幸せな気分になった。
それがどうしてなのかは、わからない。
だから鯨は、虫が来て、
虫が自分の頭に乗ったことがわかると、
とても、とても、嬉しくなった。

それがどうしてなのかは、わからない。
それがどうしてなのかは、わからない。


谷口江里也 x 海藤春樹 『虫たちの午後』より
虫たちの午後