2011年8月23日火曜日

ラファエル・アルベルティ Rafael Alberti


photo by Roberto Otero
ラファエル・アルベルティは
20世紀のスペインを代表する偉大な詩人だ。
ガルシア・ロルカに感化されて詩を書き始め
アントニオ・マチャードに認められて
詩人としての道を歩き始めたラファエルは
1902年にアンダルシアの
プエルト・デ・サンタマリアで生れた。
1999年に亡くなったので
20世紀のほぼ全てを生きたことになる。
独裁者フランコとの戦いとして有名な
1936〜1939年の
いわゆるスペイン市民戦争では
友人のロルカとともに
人民戦線のシンボル的存在であり
市民政府側のオピニオンリーダーとして活躍した。
ピカソの有名な大作『ゲルニカ』は
この戦争でフランコを支持したナチス軍による
バスクの街ゲルニカへの
無差別爆撃という暴挙に対する抗議として描かれ
1937年のパリ万博で
スペイン共和国政府館(市民政府館)に
ミロの大作『刈り入れ』とともに展示された絵だが
市民政府はフランコの反撃によって政権を奪取され
スペインは長い強権政治の時代に入る。
そして
アルベルティも、ピカソも、ミロも、カザルスも
みんな母国を離れて亡命することになる。
これは一般には全く知られていない話だが
亡くなった友人のロベルト・オテロによれば
市民軍の思想と美意識の象徴でもあったアルベルティは
市民政府の文化庁長官的な立場にあった時
ピカソをプラド美術館の館長に任命し
その後政権が崩壊したために
その話は霧散してしまったわけだが
ピカソは晩年によく
「自分は今でもプラド美術館の館長だ。
だってラファエルに任命されてから
一度も解任されていないから。」
と言っていたらしい。
私が親しくしていたロベルトとエステバンが
共にラファエル・アルベルティの親友であったため
幸いにも、晩年の彼と知己を得たが
家の中では実にリラックスしていたが
外に出る時にはいつも
鮮やかなほどにダンディでかっこよかった。
海辺の町で生れ海を愛した詩人らしく
いつも晴れた日の海のような青の
長いスカーフを肩からかけて
真っすぐ前を見て歩くラファエルの姿には
実に凛とした、そして自由なオーラがあった。
ラファエルは結局
フランコが死ぬまで国外亡命生活を余儀なくされた。
生涯の親友であった
映画『イル・ポスティーノ』の主人公の詩人
パブロ・ネルーダにも共通することだが
愛する故郷を、全く理不尽な理由によって
故郷を誰よりも愛する者のひとりであり
その素晴らしさを言葉よって讃え
それを行動によって強く護ろうとする者であったが故に
去らなければならなかったことには
想像を絶するほどの
怒りと哀しみと無念が伴っていたに違いない。
ヨーロッパでは
とりわけラテン系の国々では
詩人は
時代という不可思議であやふやな
しかし常に変化し続ける現実を生きる人々が
どこに向かって歩けばよいかを
どこにどのような光を見いだしうるかを
一本の輝く旗を掲げるように
あるいは松明を掲げるかのように
指し示してくれる存在だ。
ラファエル・アルベルティは
まさにそんな詩人だった。
言葉が世界を語りうるという不思議
人がそれを編み
人がそのむこうに確かな意志を
自らのものとして感じ取れる不思議。
そこに自分に似た
多くの想いの存在を感じることが出来る不思議。
もし詩がなければ
世界はもっと不確かだろう。